★『セフナの青春日記』(全12話)のうち、第11話めです。
セフンが22歳の誕生日を迎える頃、という設定のファンフィク。歌が上手くなりたいと決心した彼が、EXOのヒョンたちと対話を重ねていきます。
▼第1話はこちらです♪
──いた。
エレベーターの前にきちんと背筋を伸ばしてまっすぐに立つ、小柄な彼の、白いシャツの立ち姿を見つけて、セフンはそうつぶやいた。
午前中の早い時刻、某所の某ビルでは打ち合わせがあって、セフンは、前回と同じく、予定の時刻よりもかなり早く自宅を出た。
もしかしたら。
この前と同じように、キム・ジョンデと、このエレベーターの前で鉢合わせできるかもしれない、と思ったから。
べつだん、そんな偶然を狙わなくても、彼とほんとうに2人で話がしたいというのなら、ミンソギヒョンに相談に乗ってもらったときのように、どこか静かなコーヒーハウスにでもジョンデを呼び出せばいい。
気さくで心優しい彼のことだから、きっと後輩のセフンが「相談事があって」といえば、時間さえ許せば、こころよく誘いに応じてくれるだろう。
そう思わないでもなかったけれど。
ジョンデと2人で話すなら、そこに「偶然」という要素をさしはさみたいと思ったのは、スホとベッキョンの2人が真逆のアドバイスをくれたからだ。
「あいつには絶対、聞きに行くな」というベッキョンと、「あいつに絶対に聞きに行ったほうがいい」と言ったスホと。
言い分は、どちらの先輩ももっともだった。そして、どちらの先輩のことも、セフンは信頼している。
だったら、偶然に賭けてみようと思った。
このエレベーターの前で、この前みたいに2人きりになれたら、それは。
このヒョンに相談してみなさい、という──神様のはからい、というやつだ、と。
「あれ、セフナ。どうしたの、今日も早いね」
近づくセフンの気配を感じとったらしく、いきいきとした笑顔のジョンデがふりむいた。
一目で仕立てと生地がいいとわかる、ラインのきれいな白いワークシャツを、彼はふわりとはおっていた。
黒いズボンと黒いローファー、そして背中に小さな黒革のバックパック。スキニーなズボンからのぞく、真っ白な靴下がマイケル・ジャクソンみたいだ。
「そのシャツ、すごくきれいな春の色だね」
小柄な体を、ぴんと伸ばすようにして、背の高いセフンをみあげると、ジョンデは明るい色の花がひらいたような笑みを浮かべた。
その日、セフンが着ていたのは、淡い桜色のサッカー地のシャツだった。
「いいなあ。──おまえは背が高いし、スタイルもいいから。そういうピンク色も難なく着こなせちゃうんだね」
にっこり笑った先輩の彼が、せっかくそんな言葉をかけてくれたのに、セフンは、あまりにも別のことに心をとらわれていて、礼の言葉を、もごもごと口の中でつぶやいただけだった。
ジョンデは、べつだん、そのことを気にしたふうもなく、白いシャツに包まれた腕を伸ばして、エレベーターを呼ぶためのボタンを押そうとしたので。
「ジョンデヒョン」
セフンは、思わず、その手首をつかまえた。
「ど──どしたの?」
いきなり手首を握られた彼は、そうとう、驚いたらしい。ぎょっとした顔で見上げられた。
だが、セフンにはそのとき、その驚愕を忖度する余裕さえあまりなかった。
「俺、ヒョンに教えてほしいことがあります」
「え? え? なに? とつぜん」
「歌のことです。歌唱法と、歌声について、です」
手首をとられたジョンデと、手首を握ったセフンは、そのまま、1、2、3秒くらいの間、じっと視線をあわせて互いの顔を見つめあっていた。
セフンのほうは、思いつめて切羽つまった表情で。
ジョンデのほうは、あっけにとられて、ぽかんとした顔で。
自分を取り戻したのは、年上の彼のほうが早かった。
「──歌のことで、セフナは、俺に聞きたいことがあるんだね?」
大きな目がつくるまなざしを、ジョンデは、ぴたりとセフンの目にあわせてきた。
「はい。……そうです」
「わかった」
もうジョンデは、驚愕の表情をどこかへ追いやっていた。
自分より背の高い後輩を見あげる彼の口元には、いつものように大きな笑みが浮かんでいたけれど、瞳には強くて真剣なひかりが宿っていた。
「わかった。……じゃあ、セフナ、ここじゃなくて、2人だけで話せるところへ行こう」
そう言って彼は、先に立って、確かな足取りで歩き出した。
その先輩のあとを、セフンは、夢の中にいるような不思議な気持ちで追いかけた。
連れて行かれたのは、屋外の非常階段だった。
人ひとりがようやくすれ違えるほどの狭い階段が、セフンの胸の高さのコンクリート製の壁で囲われているほかは、外の空気にさらされている。
地上から数階ぶん上にあるだけなのに、人気のないその場所は、春先の青く澄んだ空がとても近く思えた。
「このビル、こんな場所があるんですね。──知らなかった」
「そう? ……俺は、こういうとこ好きで、よく来ちゃうけど。高い場所と空が好きなんだよね」
そう言った彼は、階段のひとつに腰を下ろして、「すわれば?」とセフンを隣に来るよう、うながした。
階段が狭いところへもってきて、セフンの体はとても大きいので、言われたとおりに彼の隣にすわると、体と体を寄せあうような、ひどく近い距離感でジョンデとならぶことになった。
「──で? セフナが俺に聞きたいことって、なに?」
そう尋ねたジョンデは、彼自身の膝の上に肘をのっけて、頰づえをつくようにして、下からすくいあげるような視線でセフンの顔を見つめている。
先輩の彼にうながされて、セフンが話したのは、スホから聞き出した話だった。
デビューしたての頃、リーダーの彼がジョンデから受けたアドバイスの一部始終。
声の硬さとやわらかさ、歌声が向かわなければならない方向性、神様からもらったもの、そして、それを正しく使うということ。
自分の声について、よく知るべきだ、というのは、チャニョルも教えてくれたアドバイスだったから。
「俺も、知りたいと思いました。自分の声の特性とか、くせ、とか。進むべき方向性、とか。──ジュンミョニヒョンの話を聞いて、あなたは、そういうのを、すごくはっきりとわかってるんだと思った。だったら、俺の声についても教えてもらえないかと思ったんです」
そう伝えても、しばらくジョンデは黙ったまま、何も答えない。
ただじっと、セフンの顔を見ているだけで。
ジョンデの大きな目、透徹したまなざし。
その視線は、セフンの前で圧倒的な力を持っているのに、ひどく静謐でもあった。
ふたつの背反した性質をあわせもつ不思議な目。そんな目を、セフンは今まで、誰にも見たことがない。
「──あの歌声の話はね、ジュンミョニヒョンだから、話したんだ」
かなり長く続いた沈黙のあとに、セフンの目を見すえたまま、ジョンデはそう話し出した。
「あのひとだったら、あの話をしても、理解してくれるだろうと思ったから。理解できる能力と、理解しようとしてくれる姿勢と。そのふたつを、あのひとが持っているから、話した」
ジョンデはとても静かな声でそう言ったけれど。
口調は、いつもの彼らしい、優しい話し方だったけれど。
「ありていに言って、今のセフナに、俺はあのレベルの話なんか、しないし、できない。ああいう話をしても、セフナはよけいに混乱しちゃうだけだ」
──だけど、彼が語る言葉は。
「おまえはまだ、両方とも持っていないから。理解できる能力も、理解しようとする姿勢も」
セフンをずたずたに切り裂くようだ。
真実というものは、いつも冷酷なのだとしても。
言葉を、なにひとつ、くるみもせず、弱めることもせず。
自分という人間は、このひとから、「能力がない」「姿勢もない」と、あっさり切って捨てられてしまうほど、だとは。
反論することもできない。
だって、それが真実なのだろうから。
ジュンミョニヒョンの歌声、それを紡ぎ出す彼の能力。そこに至るまで彼が積み重ねてきたはずの努力。
確かに俺は、そのどちらをも、ちゃんと持ち得ていない。
「それより、むしろ、俺はセフナに聞きたい。……なんで、歌のレッスンを受けようと思ったの」
そんな根源的な問いを、彼はぶつけてきた。
(このページは、『セフナの青春日記』11「あまい種子」(前)です。)
追記・明日で最終話の発表となります。ここまでおつきあいくださって、ほんとうにありがとうございます。明日も読みに来てくださると、すごく嬉しいです♪
追記2・「EXOにmellow mellow!」(開始日2018年1月13日)を運営して、1年8ヶ月と9日が経過しました。
昨日は、ジョンデくんのセンイルだったのですが、その日に読者さまの登録者数がちょうど100名になりました! どうもありがとうございます♡
開設当初は「半年で1万PVを達成する」が目標でした。それが、思いがけず、たくさんの方のお目に触れることができ、 最初の1ヶ月で1万PVを達成したときには、「こんなにたくさんのひとに読んでもらえるんだ…」と、感激したのをはっきり覚えています。
そんな感じで始まったこのブログですが、先日、100万PVを達成できて(今、102万PVぐらい)また、昨日、読者登録もちょうど100名様になり、そして、大きな目標のひとつだった「人気ブログランキング1位」も、達成することができました。
応援してくださる皆さま、読んでくださる皆様、本当にありがとうございます。
次回、「セフナの青春日記」第12話は、こちら…!
▼ ランキングに参加しています。アクセス解析を見ていますと、「セフナの青春日記」、とてもたくさんの方に読んでいただけているのがわかって、書き手として、とても光栄に感じています。お気に召すものがありましたら、ジョンデくんのバナーを押してくださると、すごく嬉しいです!
(画像はお借りしています。ありがとうございます!)