★『セフナの青春日記』(全12話)の、第8話めです。
セフンが22歳の誕生日を迎える頃、という設定のファンフィク。歌が上手くなりたいと決心した彼が、EXOのヒョンたちと対話を重ねていきます。
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「それで──ミンソギヒョンには、もうひとつ、とにかくまずは会社に相談しなさいって、アドバイスをもらって」
彼の助言どおり、マネージャーに相談し、会社にかけあってもらい、契約を交わして個人レッスンを受けることになった。
そのときに。
「俺、マネヒョンに、レッスンを受けること、他のメンバーに言わないでほしい、できれば誰にも、知られたくないからってお願いしたんです。……レッスンを受けようって決めたこの気持ちは、自分のなかで、まだ、弱々しい芽でしかないって自覚があったので。
誰かに何か言われたら、すぐにしぼんでしまうような、もろくて弱い決心だから、まずは自分自身だけのなかにとどめておいて、この決心を大事に守ってやらなくちゃって」
そんな子どもっぽいお願いをして、マネヒョンに渋面を返されたのだが、自分はこの態度を貫き通そうとした。
だけど。
「何日かまえに、ベッキョニヒョンが、俺のところに、わざわざ謝りにきてくれたんです。……レッスンのことを、メンバーに知られたくないっていうのは、たぶん、俺がおまえのことを、からかうのが嫌だったんだろうって。せっかくがんばろうとしてるのに、嫌な思いをさせてたとしたら、ごめんなって」
プライドの高いベッキョンが、それを年下の自分の前に投げ打ってまで、謝辞を口にしたのだと気づくと、今度は逆に、自分の態度のほうが恥ずかしくなった。
「他のことでは、ずいぶんからかわれたけど、でも、ベッキョニヒョンって、俺の歌に関しては、一度も、ほんとうにただの一度も、からかったり、バカにしたりしたことなんて、なかった。……俺が勝手に、からかわれたらやだな、って思い込んじゃってた、というか」
そして、ベッキョンの真摯な言葉とまなざしは、もう一つ、セフン自身の過ちを気づかせてくれた。
「レッスンを受けてること、メンバーのみんなに知られたくないっていう態度は、すごく、良くなかったなって。だってそれって、ヒョンたちのことを、信じてないってことだから。──それを、ジュンミョニヒョンが気にしていたみたいだから、一度、ちゃんと話しておきなよって言われて」
そこまで告げて、セフンは、目の前のひとの目を見つめた。
このことは、ちゃんと、目と目をあわせて言葉にしないといけないと思ったから。
「俺が子どもっぽい態度をとったせいで、あなたにも、みんなにも、心配かけたと思います。すみませんでした」
返されたのは、笑顔だった。
このひとらしい、強い善意に満ちた表情の。
ジュンミョニヒョンが、こういう笑顔を返してくれるってわかってるから、俺は、ちゃんと、まっすぐな気持ちになれる。
「そんなことないよ、セフナ。……おまえが素直で一生懸命なのは、メンバー全員、よくわかってることだから」
そう言うと、スホはテーブルのうえのセフンの手を、一度だけ、きゅっと握った。
体のどこかに一瞬だけふれる、そういう親愛の情の示しかたは、デビューしたてのころのステージで、このリーダーがそういう力づけかたをしてくれたことを思い出させた。
緊張しすぎて体全体がすくんだようになるとき、声さえうまく出せないとき。
このひとは、魔法のように俺のすぐ隣にいてくれて、肩とか腕とかを、きゅっと握ってくれた。
「たださ、セフナはマンネだから。……年上の俺たちに遠慮して、我慢してたり、言いたいことを言えなかったりするかもって、そういう心配は、みんなしてる。それだけだよ」
あのね、ジュンミョニヒョン。
俺は、あなたがこのグループのリーダーでよかったと思ってる。
心からね。
「けど、やっぱりベクはおまえのとこに、謝りにいってくれたのか」
「はい」
セフンがうなずくと、淡い水色のシャツと白いカーディガンの、「御曹司スタイル」の彼は、はははと笑った。
「俺の小芝居がきいたなあ。そうかそうか、それはよかった」
──小芝居?
「マネヒョンから、おまえがレッスン受けてることを聞き出して、それをメンバーから隠したがってるって教えてもらったとき。……こりゃ、セフナがちょっと一人でキリキリしてんのかなって思って、ミンソガに相談しにいったわけ」
この年長者2人の関係性を考えれば、うなずける話だった。
もの静かだけれど、他人の感情の機微にさとく、頭のいいミンソクに、スホはいつも一目置いている。
「したら、あのひとが言うには、『セフナはベクのこと、気にしてるかもしれないね』って」
──えーと。
ミンソギヒョンは、どういう論理で、その結論に達したわけですか?
思いっきり正解だけど。
「セフナは、歌の個人レッスンのこと、最初にミンソクのところに相談に行っただろ? そのときに、あのひとは『どうして俺のところに相談に来たのかな』って思ったんだそうだ。
普段の仲の良さから言っても、歌唱力の面からいっても、セフナが相談するなら、まず、ベクのところに行くはずだと思うのに、おまえはそうしなかった。
で、これは。
セフナは、ベクがからかったりすることを懸念してるのかな、と。……そう考えたんだって」
(あんな、綺羅星みたいな歌唱力もったリードヴォーカルが3人もいるのに。あえて俺のところに来て、こういう相談してくれるっていうの、結構、嬉しいことだよ)
優しいたまご色のセーターを着ていたミンソクのことを思い出す。
彼の春風みたいな微笑みかたと一緒に。
「ベクも悪いやつじゃないんだけどさ。……でも、俺が、『ちょっと、セフナに声をかけてやって』って直接に言ったら、あいつは絶対にへそを曲げるから。それよりも『俺、ツライんだ。どうしたらいい?』って小芝居うったほうが、ベクはちゃんと動いてくれる。ベクのプライドの高さと強い性格に訴えかけたほうが、話がはやい」
(わざわざ、ジュンミョニヒョンが俺のところに来て、『ベク、どうしてかなあ? 俺、つらいなあ』だと。……何回もそう言って、恨めしそうな顔で俺のこと、じーっと見るんだよね、あのひと)
カリフォルニアオレンジみたいな色のパーカーに身を包んで、セフンにそう告げたベッキョンの台詞。
あれは、このジュンミョニヒョンの、小芝居のゆえんだったのか。
なんていうか。──納得、した。
それと同時に、やっぱり俺は、このひとたちに追いつけないのかもな、と思った。
ミンソクもスホも、結局のところ、自分などよりはるかに大人で、彼らの深い思慮によって守ってもらっている。
そう考えることは、不思議とセフンを温かい安堵でくるみこむようだった。
「でもね、ジュンミョニヒョン」
「なんだ?」
「ベッキョニヒョンは、謝ってくれるだけじゃなくて。いくつか、具体的なアドバイスをしてくれたんです」
ソルフェージュの聴音で手こずっている話をしたら、ベッキョンは彼の少年時代のピアノの先生の言葉と、その訓練によって作られたという、胸の中のコンパスについて教えてくれた。
その音楽のコンパスを持っているから、彼は歌い続けていられるのだと。
「それともうひとつ。……歌の上達に関しては、チャニョルとジュンミョニヒョンに、アドバイスを求めろって。このふたりは、デビュー以降、急激に歌がうまくなってるから、たぶん、何かつかんだものがあるはずだろうって。それを聞いてみたら、大きなヒントになるはずだからって」
「ふうん。……ベクが、そんなこと、言ってくれてたんだ?」
スホの頰が、ふわん、ともう一度、紅潮した。
ライドグレーのプルオーバーを着ていたチャニョルほど激烈な反応ではないにせよ、やはり、あのベッキョンに歌唱の力を褒めてもらえたのは、スホに大きな嬉しさをもたらしたのだろう。
「ええ。……それで、チャニョリヒョンのところには、もう聞きにいったんですけど」
チャニョルが聞かせてくれたのは、自分の歌声を何度も録音して、それを聴き返したことがよかったんじゃないかと思う、という助言だった。
そうやって、自分の声を客観的に繰り返し聴くことで、自分の歌声のクセや個性をきちんと知ることができたのだと。
まずそれを知らないと、自分が意図したように、自分自身の声を操作することができない。
歌声というのは楽器と似て、操ることができるもので、それは、練習とか訓練によって、上達させられるものだから、と。
「なるほど。自分の歌声の個性、か……」
スホにとっては、チャニョルのアドバイスのなかの、その言葉が大きくひっかかったらしい。
そうつぶやいて、彼はしばらく考えこんでいたが、何かがひらめいたように輝いた顔をした。
「セフン、それだったら」
そして、リーダーの彼は、とあるメンバーの名前をあげた。
「あいつに、アドバイスをもらうといい。……デビューしてわりとすぐ、の頃かな。俺、あいつに教えてもらった忠告で、すごくはっきり見えてきたものがあったから」
スホは強い確信に満ちた表情と声でそう告げてくれた。
──え? と思った。
そのメンバーとは、あのベッキョンが「あいつには、絶対に、歌に関するアドバイスを聞きに行くな」と名指しした人物のことだったからだ。
(このページは、『セフナの青春日記』8「善意のひと」(後)です。)
▼次回「神様からもらったもの」は、こちらです!
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