★『セフナの青春日記』(全12話)のうち、第6話めです。
セフンが22歳の誕生日を迎える頃、という設定のファンフィク。歌が上手くなりたいと決心した彼が、EXOのヒョンたちと対話を重ねていきます。
▼第1話はこちらです♪
「ベクの持ってる、音楽のコンパス、ねえ……」
渋滞にまきこまれた車中で、運転席のチャニョルは、感慨深げにもう一度、その言葉をくりかえした。
「ベッキョニヒョンから、その話、聞いたこと、ないんですか?」
同い年のチャニョルとベッキョンは、宿舎で同室であった時期も長いし、ふたりはいつもつるんでいる印象がある。自分などより彼らの方が、よほど親しくしているはずなので、セフンはそう尋ねたのだが。
「うーん。ないねー。……あいつがピアノ習ってたのは知ってるし、その先生が、すっげームカつく頑固ジジイでっていうのは、何度か、言ってたけどな」
そう言いながら、ハンドルの前にすわるチャニョルは、着ていたライトグレーのプルオーバーの、フード部分から垂れ下がったパープルの紐を、くるくると指にまきつけたり、ほどいたりしている。
普通なら、もっさりとした印象を与えてしまうような灰色の部屋着だが、背が高く、肩幅のあるチャニョルが身につけていると、若い樹木のようなすらりとした彼の体を、強調するためにデザインされた服なのだという気さえした。
「それで、そのときに、ベッキョニヒョンがアドバイスをくれて」
「うん」
「歌については、チャニョルとジュンミョニヒョンの2人に相談して、話を聞かせてもらえって」
「へえ。……そりゃまたどうして」
「デビュー以降のここ1、2年で、この2人は、急激にうまくなってるからだって。特にチャニョリヒョンは、すごく戦略的に歌を歌うようになったし、表現力もすごく伸びたって──」
「ベクが、か?」
セフンの話の途中だったのに、チャニョルはそれをさえぎって、噛みつくような勢いで言葉を発した。
「おい、ベクがそう言ったのか? 俺の歌が、……ええと、急激にうまくなったって?」
「え? あ、はい」
な、なにか。
俺、まずいことを言ったんだろうか、とセフンが危ぶむほどの、チャニョルの激しい口調だった。
「マジか……」
運転席のチャニョルは、そう言うなり、口元を両手で覆って押し黙った。
そしてそのまま、異様なほど真剣なまなざしでフロントグラスを注視しはじめたが、相変わらず道路の車の流れは止まったままで、そんなにじっと見つめなければならないものなど、あるはずがない。
沈黙が支配する車内。
カーステレオから流れる(最近のチャニョルのお気に入りらしいが、セフンは名前を知らない)日本語の男性歌手の声だけが流れている。
「えっと。……あの。ヒョン?」
自分が伝えたベッキョンの言葉の、いったいどこがそんなに気にさわったのか、と隣のチャニョルを見つめるうちに、彼が示している反応は、危ぶむような種類とは、真逆のものであることに気づいた。
彼が口元を手で覆っているのは。──抑えきれない笑いを、隣のセフンから隠すためだ。
覆いきれていない顔全体が笑っている。頰も、それから、飛び出たような特徴的なかたちの耳まで、彼は真っ赤にしているのだ。
嬉しいんだ。このひと。
ベッキョニヒョンから歌を褒められたって聞いて、にやにや、口元がゆるむのをおさえきれないくらい。
耳まで真っ赤にしてしまうほどに。
──わっかりやす。……
少し年上のこのひとが、自分などよりよほど純粋な、子どもっぽいとさえ言えるような心根の持ち主であるのは、知っていたけれど。
「嬉しいんですか? そんなに。ベッキョニヒョンが褒めてくれたって聞くと」
あまりにもチャニョルの反応が激烈なので、ちょっとからかってやりたくなった。
「……ったりめーだろ」
──あら?
「ベクが言ったんだぞ? 俺の歌が、急激にうまくなったって。あと、『表現力がすごく伸びた』って。
おまえ、あのベクが、だぞ?」
嬉しいに決まってんだろ、と怒っているみたいな声で、チャニョルは続ける。
耳まで真っ赤にして。
どうやら。
セフンが口にしたからかいのニュアンスなど、まるっきり気づかないほど、チャニョルにとってはベッキョンの言葉が、心を震わせるように嬉しかったらしい。
──あらら。
俺より2コ上、なのに。
こんなに純真なひとで、大丈夫なのかと思う。ほんと。
そう思って微笑を浮かべたセフンは、車窓から空を見やった。
さっきまで夕焼けの名残が広がっていた春の空には、もう深い藍色の夜が降りている。
周囲の車のテールランプや、街並を彩るさまざまな色合いの光が、フロントグラスを染めていく。
「えっと、さ」
こほん、と咳払いして、しばらく続いた沈黙を破ったのは、チャニョルだった。
「あ、はい」
「ベクが言ってたなかの、えーと、『戦略的に歌う』ってこと、だけどさ」
ようやく平静さを取り戻したチャニョルは、ベッキョンの言葉にしたがって、後輩の自分にアドバイスをくれようとしているらしい。
「俺、サウンドクラウドとかに、自分の歌をあげてるじゃん。……それがよかったのかなって思う」
彼がそう切り出したとき、車の流れが、少しずつ、動きはじめた。
ハンドルを握るチャニョルは、まっすぐ前を向いたまま、横顔だけをセフンの方に向けて話をはじめた。
──メンバーのみんな、結構、バカにしてっけどさ。
ああいう作業をずっとやっててよかったかなって思う点は、いくつかあるんだけど、たぶん一番大きいのは、定期的に自分の歌声を録音して、それを自分で何度も何度も聴き直したっていうことだと思う。
自分の歌を客観視するのって、すごく難しいけど、録音した自分の歌声を聴く作業を地道に繰り返してきたおかげで、そういう時間をたくさん持てたっていうか。
直後は、「どうだ!」って思ってたデキでも、しばらくしてから聴き直すと、もう死にたいくらい、ヘタクソ、とかさ。そういうの、いっぱいあるもん、俺。
でも、そうやって、自分の歌を聴き直す作業を繰り返して、俺には、見えてきたものがあるような気がする。
ひとつは、俺は、意外と自分の思ってたとおりに、声が出せていないんだなってこと。
これはもう、否応なしに思い知らされたね。
ヘタクソすぎて死にたいって思うときは、自分が意図したことが、できてないときだもん。
車の列が動かなかった道路だが、徐々に流れが回復しはじめていた。
運転席のチャニョルがアクセルを踏んだ。
──じゃ、どうすれば、自分の思い通りの声が出せるのか。
それにはまず、俺自身の声の個性を、これだ、って見極めることだと思った。
自分の声の強みと弱み、個性、くせ、得意な部分と苦手な部分。
そういうのを、自分で、「わかっておく」っていうことが、大事なんだなって。
自分の声の個性みたいなものをちゃんと把握して初めて、声を意図したとおりに、操作することができるはずだから。
それと、声って、やっぱ、楽器を弾くのと似てると思う。
ギターもピアノも、「操って」音を出す。だから、そこには、ある程度、テクニックが介在してる。
そしてテクニックっていうのは、練習とか訓練によって、高めていくことができるものだから。
だから、セフンが歌のレッスン受けるっていうの、きっと、正しい道なんだと思うよ、俺は。
ライトグレーのプルオーバーを着たチャニョルは、最後に、そうつけ加えた。
偶然なのか、なんなのか。
エレベーターの前で出会ったジョンデが、チャニョルと同じく、「正しい道」という単語を使ったことを、セフンは思いかえしていた。
(このページは、『セフナの青春日記』6「正しい道」(後)です。)
次回「セフナの青春日記」7「善意のひと」(前)は、こちらです♪
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