★このページは、「セフナの青春日記」第1話「一番ほしいもの」【Sehun+Chen】から続いています。
「……そっか。セフナは、そんなふうに思ってたのか」
セフンの話を聞き終えた4歳年上のミンソクは、まず、静かな声でそう答えてくれた。
プライドを、若干、犠牲にしながら告げた相談ごとだったので、ミンソクが返してくれた穏やかな反応が、とてもありがたかった。
白いテーブルを挟んで、向かいの席にすわるミンソクは、ふわふわした風合いのエッグイエローのセーターを着ていた。
その淡くて優しい色合いが、彼の肌理の細かな白い肌にとてもよく似合っている。
思わず賛辞を口にすると、「いいでしょう、これ。妹が誕生日にくれたんだよ」と、もともとほころんでいる顔を、もっとほころばせて答えてくれた。
そうだった。今から数日前、3月の終わりに、このひとは誕生日を迎えたのだ。
セフンと同じように、春という季節に生まれた彼だった。
コーヒーを飲みながら、待ち時間をつぶそうとしていた先輩の彼に、この静かなカフェで出くわしたのは、セフンにとってラッキーだった。
空気のなかに薄く音楽が流れる店内の、目立たない場所のソファにすわって、おそらく彼は本を読みたかったらしいのだが、すこしの間、同席することを許してもらって、実は、と切り出したのだ。
──ミンソギヒョン、実は、なんですけど。
歌唱法に関して、なんらかのかたちで、個人的にレッスンを受けたいと思ってるんですけど、具体的に、俺、どうしたらいいでしょうか。
この相談ごとをミンソクに持ちかけたのには理由がある。
相談相手として、まずはスホの顔を思い浮かべた。
だが、あのリーダーの彼に「歌のレッスンを受けたい」などと相談すると、あのひとは喜んで、大騒ぎしそうな気配がある。
それは避けたい。なるべく秘密裏に、ことを運びたいのだ。
そのほかのメンバーは、うるさそうにされるか(D.O.)、あまり役に立たないアドバイスしかできないか(カイ・チャニョル)、からかいのネタにされそう(ベッキョン)な気がする。
それは遠慮したい。こっちにだって、プライド、というものがある。
だから、ミンソギヒョン、なのだ。
いつもおっとりと優しい、4歳年上のこのひとなら、大騒ぎせず、うるさがらず、からったりせずに、的確なアドバイスをくれるだろうから。
「うーん、そうねえ……」
ミンソクは、何かを考え込むように、セフンの目と対峙させていた大きな瞳をすっと横に流した。
そうやって、この弟から視線を外したまま、優しいたまご色のセーターを着た彼は、すこしの間、押し黙ったのだが。
「今、俺とベクとか、ジョンデが受けてるボイストレーニングだけどさ」
「はい」
「セフナが受けるとすれば、そういうトレーニング系のじゃなくて、もっと、なんていうかな、声楽指導系のレッスンのほうがいいんじゃないかと思う。……ええと、セフナ、あのね」
こういう言い方して、ごめんね、と断ってから、ミンソクは言葉を続けた。
「セフナは、まだいまひとつ、読譜とか、そういうのが苦手でしょう」
「あ。……はい」
五線紙に綴られた音符を読み解いて、そこから自分の頭のなかにメロディを思い浮かべる能力。
できないわけではないが、たぶん、グループのなかで、一番、読譜に時間がかかってしまうのは自分だ。仕事の現場では、時間もないことから、デモテープに頼ってしまうことが多い。
ジョンデやベッキョンが、楽譜を見ただけで、すぐに歌い出すことができるのを見ていると、彼らとは最初の出発地点からして全く違うのだ、と思い知らされてしまう。
「ジュンミョンも、練習生になったばっかりの頃は、全然、読譜、できなかったんだよ」
「え。そうなんですか」
知らなかった。
自分が出会った頃にはすでに、スホは、楽譜を見れば、かなり正確にメロディを口ずさむことができる先輩だった。
「うん。……セフナはその時期のジュンミョンのこと、知らないだろうけど。でも、訓練して、読譜ができるようになったら、あいつの歌唱力、それとリンクするようにして変わったんだ」
練習生の頃、傍で見てたから、それ、よく知ってるんだよね。
そうつけ加えて、とミンソクは、ふふふ、と笑った。
「だから、そういう声楽の基礎的なことを、伸ばしてくれるようなレッスンがいいと思う。──でもね、そういうことも含めて、まずは、会社に相談するのが一番だと思うけど」
「あ。そう……そうです、よね」
「うん。先生を探すにしても、人脈とか、そういうの、俺らには全然ツテがないでしょ。でも、会社にはそういうのがちゃんとあるし、それに、週に1回とか10日に1回とか、定期的にレッスンを受けることになるんだから。スケジュールの面でも便宜をはかってもらわないと」
ミンソクは、一言一言を丁寧に、言葉を選ぶようにして話してくれた。
「あと、レッスン料ね」
「はい」
「そういう先生のレッスン料って、高度に専門的なものだから、個人で払うような性質のものじゃない。ちゃんと会社を通して、負担してもらったほうがいい」
「え。……そういうもの、ですか?」
正直、そんなところまで、頭が回っていなかった。
「そういうものだよ。……ていうか、セフナ、あのね」
そこで言葉を切ると、ミンソクはかたちのいい眉をひそめて、ちょっと困ったみたいに笑った。
「セフナ、きみはこの会社のタレントで、プロフェッショナルなんだよ? そのスキルを向上させたい、そのためにレッスンを受けたいっていうなら、まずは会社に相談するべきで。……俺のところになんか、相談に来たってダメでしょ?」
「ね?」と念を押すように、大きな瞳で顔をのぞきこまれた。
理を尽くして、さとすように説明してくれた年上の彼の声は、とても優しい響きだったから、セフンは、自分の思考回路の子どもっぽさに、素直に気づくことができた。
「あ、そう──ですよね。……ごめんなさい」
とっさに謝ると、ミンソクの顔に浮かんでいた表情が、困ったような笑みから、あたたかく力づけるような笑いに変わった。
きゅっと唇のはじっこが上がって、大きめの白い前歯がのぞけて。
彼の目にいきいきとした光が宿る。
「謝ってほしいわけじゃないよ、セフナ。……どっちかっていうと俺は、セフナにこのことを相談してもらって、嬉しかったから」
ミンソクは、ふふふ、と軽く笑い声をたてた。
年上のこのひとを形容するにはふさわしくないのだが、笑顔のミンソクに対して、「かわいい」という感想を抱いてしまうのは。
きっと、彼の目が宿すひかりに、心のなかを、優しくくすぐられた気がするからだ。
「だって、セフナに信用してもらったってことだからさ。──あんな、綺羅星みたいな歌唱力もったリードヴォーカルが3人もいるのに。あえて俺のところに来て、こういう相談してくれるっていうの、結構、嬉しいことだよ」
そう言って、再度、ミンソクは微笑んだ。
つぶらな目が細められて、やわらかな、春の風みたいな笑いかただった。
(このページは、「セフナの青春日記」第2話「春風」【Sehun+Xiumin】です。)
★第3話「胸の中のコンパス」はこちらです!
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