「……遅いですね、あのふたり」
「ふふ、そうねえ」
「何やってんですかね、まったく。また道に迷ってんのかな」
「ベッキョニひとりならともかく、ギョンスがついてるんだから。大丈夫でしょ」
「そうですよね。……もうちょっとここで待ってたら、ちゃんとふたりで戻って来ますよね?」
「……うん。……たぶんね」
「『たぶんね』って。……やっぱ、俺、あのヒョンたちのこと、ちょっと探してきましょうか?」
「いや、いいよ、セフナ。ここで待ってれば、じきにふたりとも、来るよ」
「それか、ベッキョニヒョンに電話して……」
「えっと……あのね、セフナ」
「え? あ、はい」
「俺ね」
「はい」
「おまえに話したいこと、あるの」
「話したいこと?」
「……うん」
「なんですか」
「あのさ。もうじき、俺、いなくなるじゃない」
「ああ……はい。てか、ヒョン。別にあなた、いなくなるわけじゃないけど」
「でも、俺、おまえたちから、離れるでしょ物理的に」
「……まあ、そうですね」
「そうなったときにさ」
「ええ」
「……あいつのこと、セフナ、よろしく頼むね」
ミンソクの言葉は、待ち構えていた方向とはまったく別の角度から、いきなりボールが飛んできたようなものだった。
あっけにとられたあまり、セフンは、自分が今、とても間の抜けた表情をしているのではないかと思った。
「あ。……はい。わかりました」
とりあえず、そんなふうに返答したのだが。
自分を見上げていたミンソクの目が、ふふふ、とやわらかな笑みのかたちになった。
「ふふ。こんな言い方で、俺が誰のこと言ってるか、セフナ、わかるの?」
「——わかりますよ」
嘘ではない。
『わかった』のだ、瞬時に。
ミンソクが、このグループを去る前に、自分に「よろしく頼むね」というなら、その相手とは、「彼のことだ」と。
「ほんとに? ふふふ」
「でも、あのヒョンは……ミンソギヒョンがわざわざ心配する必要なんか、まるっきり、ないように思いますけど」
「うーん。そうなんだけどねえ」
「俺なんかからしたら、人間関係では、誰よりも安定しているひとに見えます。人あたりもいいし、スタッフさんの誰からも好かれてるし」
「うん」
「ジュンミョニヒョンは、たぶん、あのひとのこと、一番信頼してる。チャニョリヒョンとは、いっつも一緒に楽しそうだし」
「そうなんだよね」
「ギョンスヒョンとは、言うまでもなく、仲がいいし。ジョンイナは、あのヒョンにべったり甘えてる」
「うん」
「ベッキョニヒョンとは……そんなにベタベタ仲がいいってわけじゃないけど、結局のところ……一番、強い信頼関係がある」
「まあね。仕事の面で、彼らはお互いしか信頼できない局面を、ふたりで何度も乗り越えてきてるからね」
「だから……あなたが、俺にわざわざ頼まなくても」
「うん」
「あのヒョンは、全然、大丈夫なひとに思えるけど」
「そうなんだけどさ。……ねえ、セフナ」
「はい」
「俺は、おまえに頼みたかったの」
「あ……はい」
「俺が一コだけ心配なのが、あいつとおまえの関係性なの」
「……はい」
4歳年上のミンソクの表情は、いつもどおり、おだやかなままだった。まなざしも、声も。
彼が生まれた季節のように、ふわふわとやわらかで、優しい。
だから。
「……ごめんなさい」
「え、ちょっとセフナ、いきなり、どうしたの?」
「え、だって……」
「何をいきなり、俺に謝ることがあるんだよ」
「だって、あなたに心配させてたと思ったから。——だとしたら、俺の態度が悪かったんだろうなって思って」
「いや、そんなこと、なくってね、セフナ」
ミンソクの声は、まだ、笑みを含んだままだ。
「どう言えばいいかなあ……おまえもいい子だし、あいつもいいヤツなのにね」
「あ、はい。……ていうか、俺だって、あのヒョンのこと、いいひとだと思います」
「でも、同時に『難しいひとだな』って思ってるでしょ?」
「……はい。……まあ、それは」
「だって実際、あいつ、すっごく『難しい』もん。プライドめちゃくちゃ高いし」
冗談めかした口調のミンソクが、そこで、あはは、と声をあげて笑ってくれたので、セフンもつられたように笑った。
それで、だいぶ心が軽くなった。
「ときどき、我にかえったように、ふと、思うことがある。……なんか、俺たちの仕事って、ものすごく特殊な形態の職業だよなって」
「……はい」
「家庭環境とか、考え方とか趣味嗜好とか、性格とか。てんでんばらばらの人間が集められて、それで『運命共同体』になる」
「ええ」
「会社のひととか、制作スタッフとか、それから、もちろんファンのひとたちとか……信じられないような数の大勢のひとたちを巻き込んで、ものすごく大きなビジネスを形成する『仕事仲間』になる。考えてみれば、すごく特殊な状況だよね」
「ですね」
「だから、メンバーのことを『友達』なんて思ってたら、やってられない。……そんなの、おまえもわかってると思うけど」
「……はい」
一応の相槌はうったけれど。
だが、セフンには、「『友達』なんて思ってたら、やってられない」ということを、ミンソクが理解しているレベルで、自分が理解しているのかどうか、あやふやなままだった。
「友達」よりも濃い関係、「家族」にも似た共同体的な関係性を、メンバーの中に保たなければならない、とは理解している。
自分たちの関係性のどこかに、ほころびや亀裂があったなら、「EXO」というグループに、ビジネスシーンで関わってくれるたくさんの人々に大きな影響を与えてしまうからだ。
——けれど、その自分の理解が、ミンソクが得ている「理解」と、同等のものであるのかどうか。
まだ24歳のセフンには、わからなかった。
「セフナにアドバイスがあるとすれば……そうだな、あんま、敬遠しないでやって、あいつのこと」
「敬遠……ですか?」
「うん」
「敬遠……してるのかな、俺。あのひとに対して」
「うーん、この言い方がしっくり来ないんなら……もっと、遠慮しないでやって」
「あ……はい」
「あいつ、難しいところもあるけど、実は単純なところもあって」
「ええ」
「頼られると、すぐに嬉しくなっちゃうタイプだから」
「ああ。……そういうところ、あるひとなのかも」
「——うまいこと、あいつに頼って、嬉しがらせてやって」
「ええと……はい。努力します」
カレンダーは晩秋の日付を示しているのに、太平洋上に浮かぶこの島の太陽は、夏に向かう季節のように、まぶしくあたりに照りつけていた。
店のシェードが作る日陰にミンソクとふたりで並んで、南国特有のにぎやかな風景を目にしながら、セフンは、この瞬間のことを、忘れないようにしよう、と思った。
——ほかのたくさんの事柄と一緒に。
ずっとずっと、覚えていようと。
「よかったよ。セフナとふたりで話せて」
ミンソクが微笑んでいた。
「あ……はい。俺もよかったです。ヒョンの話が聞けて」
「どうして俺が、あいつじゃなくて、セフナのほうに話したか、わかる?」
「……わかんないです」
「関係性を変えるために、アクションを取るなら、セフナの立場のほうが行動を取りやすいから」
「あ……なるほど」
「それと、おまえのほうが、優しいから」
「……そうですか?」
「うん。あいつはいいヤツだけど、おまえみたいに、優しくはない」
微笑を深くして、ミンソクは、視線をセフンからはずした。
「おまえはすごく……優しいやつだよ」
(2019.06.02)
セフナとシウミンさんが話題にしている、「あのヒョン」「あいつ」のことなんですが、あえて名前を書きませんでした。ファンフィクだから許される、そういうトリッキーな方法に挑戦してみたかったんですが、すごく難しかったです。あ、もちろん、楽しい「難しさ」です♪
……読んでいくうちに、「あいつ」が誰であるか、どなたにでもおわかりいただけるように、注意して書いてみたつもりなのですが、いかがでしたでしょうか?
【ここから追記】
セフナとシウミンさんが話題にしている「あのヒョン」「あいつ」というのは、ベッキョンではないです。
……8人のうち、名前が出てないメンバーが、1人だけ、いますよね?
そのメンバーです。
☆今日のおすすめ過去記事は……「セフン+ベッキョン」の、すごく短いお話(原稿用紙2枚くらいだったかな?)です。
次の記事は…
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(画像はお借りしています。ありがとうございます)
(「あのヒョン」が誰だか、おわかりにならなかった方がいらっしゃいましたら、コメント欄から話しかけてみてください。……おわかりいただけるかどうか、ドキドキしています)
(今、ソウルコンチケット抽選に関して、運気をあげるために、トイレ掃除と玄関掃除を頑張っています。玄関には塩を撒いて、三和土を拭き掃除。一緒に申し込んでくださった方は、神社に願掛けに行ってくださるそうです。私も地元神社にお参りに行くことにしました。絵馬も書いた方がいい??)