EXOにmellow mellow!

EXOが好き! CBXに夢中な記事やMV・楽曲評、コンサートレポなど、ファントークを綴ったブログです。SHINeeについても少し。

【セフン・レイ】ピアノのあるバー【MV『Tempo・Cubicle Stories 』(2)】

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 季節はずれの嵐のせいで、その夜は、もとから数えるほどの客しかいなかったのだが、ソファ席の二人連れが出ていくと、店内に残ったのは、その青年とバーテンダーのレイだけになった。

 

「あの。……すみません」

 青年に呼びかけられて、レイはグラスを磨く手を止めた。

「はい」

「このカクテル、すごく美味しいですね」

「ありがとうございます」

「スコッチベースの……なんだろう、とても複雑な味だ」

「ベルモットを、2種類、使ってございますので」

「もう一杯、これと同じのを、作っていただけませんか?」

 カウンター前のスツールに腰かけた青年は、そう注文する言葉の最後に「sir」をつけた。

 

 年の頃なら、25、6歳の青年である。

 大人びた顔立ちをしているが、それを裏切るように、彼には、純粋で世慣れないニュアンスがあった。

 

 着ているブラウンのスーツは非常に仕立てがよく、ひとめで、どこかのテイラーで誂えたものだろうと思われた。

 その高価そうな身なりといい、客でありながら、バーテンダーのレイに対して、敬語を使ってくることといい、おそらくは、上流階級に育った若者だろう。

 名家の人間であればあるほど、実は、サービスを施してくれる相手に対してきちんと敬意を払うものだ、ということを、バーテンダーという職業についているレイは、世知というより、真理として知っている。

 

「……ご注文のウィスパーでございます」

 青年の前にグラスを置いた。

「あ。……ありがとうございます」

 ふたたび言葉の最後に「sir」をつけて、彼は、丁寧に礼を口にした。

「『Whisper』——ささやき、ですか」

「はい」

「それがこのカクテルの名前なんですね?」

「さようでございます」

「誰からの『ささやき』でしょうね?」

 ひとしきり、快活に彼は笑った。

 笑顔になると、青年の目が、三日月のかたちに細められることに、レイは気づいた。

 そして。

 

『あの。……あなたは、中国人の方ですか?』

 さきほどまでの流暢な英語から、かなりおぼつかない感じの中国語にきりかえて、青年が尋ねてきた。

『そうです。おわかりになりますか?』

 レイも中国語に切り替えた。

「あなたのお顔立ちと、英語を話すときのアクセントが、チャイニーズのものだったから。……だから、そうじゃないかな、と思って」

 中国語で話すのは、簡単な受け答えが限界らしく、青年は再び、英語に切り替えて会話を続けた。

「そうですね……この言葉の訛りっていうのは、こっちに長く暮らしていても、なかなか直りませんね」

 レイのほうも、英語に戻してそう答えると、青年は、ふたたび、目を三日月のかたちにして笑った。

「いやあ、僕だって、いつも友人たちから、英語の訛りを指摘されてばかりですよ」

 

『お客様は、韓国人の方ですね?』

 今度はレイが韓国語で尋ねると、青年は、はっと驚いた顔をしたあと、ひどく嬉しそうな声をあげた。

『うわ! あなた、韓国語が話せるんですね!』

『はい。少しなら』

『わあ……嬉しいですねえ……こっちで自分の母国語を聞くと、とても懐かしくて。……ええと、僕、韓国語で話しても?』

『ええ。ぜひ、どうぞ』

 

『イギリスにいらしてから、もう長いんですか?』

 韓国語のまま、青年が続けた。健康的な好奇心を顔に浮かべている。

『そうですね……』

 あいまいに笑ってみせただけで、レイははっきりとは答えなかった。

 長いといえば長い。

 この国には、おそらく、この青年の生涯の4倍ほどの年月のあいだ、暮らしているのだが、そんなことを答えてもしかたがない。

 自分の見た目が二十代後半程度のものであることを、レイはきちんとわかっている。

 

『お名前をうかがってもいいですか?』

『レイと申します』

『ああ……じゃあ、この店の「Lay」っていう名前は、あなたのお名前なんですね』

『ええ』

 『僕は、韓国の大学を卒業してから、こっちに来たので。今年で3年目になるかな』

『そうでいらっしゃいますか』

『祖父が、若い頃、この国に留学していたんです』

『ほう、お祖父さまが?』

『はい。……祖父から、イギリスの話をたくさん聞いて育ったので。僕の中にも、この国への憧れが育まれたというか』

『なるほど』

『大学院で留学先を選ぶときに、まっさきにロンドンの大学にしようと決めまして』

『……では、お客様は、普段はロンドンにお住まいなんですね』

『そうです』

『こんなスコットランドのはずれまで、よくお見えになりましたね』

『ふふ、そうですね。……この街のことを、祖父がよく話してくれたので。それでいっぺん、来てみたくて』

 

 

 そこまで答えた青年は、レイの顔を見て、なにか言いあぐねた顔をした。

 言いたいことがあるのだが、何から、どこから話せばいいのかわからない。

 そんな逡巡を見せたあと、だが、意を決したような顔で、青年はレイを見すえてきた。

 

「……この街に来たとき、祖父は、たぶん、今の僕と同じぐらいの年齢だったと思います。ですから、今から60年ほど前のことですね」

 青年は、ふたたび、英語に切り替えて話をはじめた。

 

「そのとき、祖父は失意の時期にありました。韓国に残してきた婚約者の女性を、列車の事故で亡くしたばかりだったんです」

「それはそれは……お気の毒でございます」

「ロンドンから北へ向かう列車に乗って、この街で降りて。あてどもなく歩いて、彼はとあるバーに入りました」

「……」

「問わず語りに、祖父が、自分の失意の原因を、そのバーテンダーに打ち明けると……そのバーテンダーは、祖父にとある人物を紹介してくれました」

 

 レイは黙ったままでいた。

 ……もしかしたら、という思いが、レイに言葉を発することを躊躇させていたのだ。

 

「祖父に紹介されたのは、カイという名前の、若い、ピアニストの男でした。……そのバーテンダーいわく、彼に頼んで『天使の詩』をピアノで弾いてもらいなさい、と。そうしたら、『掛け違えてしまったボタンを、きちんと掛け直すことができるから』と」

「……」

「バーテンダーの手引きで、そのバーにカイという男がやってきて、祖父は、言われたとおりのことを頼みました。……カイは、『この店のピアノで、これからその曲を弾くから、自分の真後ろに立って、目をつぶっているように』と祖父に告げたそうです」

「……」

「祖父がはっきり覚えているのは、カイが奏でたピアノの、最初の一音だけ。……つぎの瞬間、祖父が目をあけたときには、彼の目の前に、亡くなったはずの婚約者の女性が立っていました。……『どうしたの?』と驚いた顔で」

 

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「祖父は、自分が、韓国の婚約者の部屋にいることに気づきました。時間がちょうど1年分、巻き戻っていることも」

「……」

「そして、これが、『掛け違えたボタンを掛け直すことができる』チャンスなのだ、と理解したそうです」

「……」

「祖父は、フィアンセに、彼女が事故に巻き込まれた日時の列車に乗らないでくれ、と頼みました。……婚約者の彼女は、祖父に言われたとおり、その列車には乗りませんでした。……従って、その日に起こった事故にも巻き込まれず、ふたりは無事に結婚して……その後、家庭を築き、息子ふたりと娘ひとりをさずかった。……その娘が、僕の母です」

 

 青年は、そこで言葉をきった。

 レイのほうも黙ったままでいたので、店の中には沈黙が広がっていった。

 そのしじまのなかに、戸外の季節はずれの嵐の音が、不協和音のように混じり込んでいった。

 

「祖父の話では」

 沈黙を破ったのは、青年のほうが先だった。

「店の名前は『Lay』で、バーテンダーは中国人の男性だったそうです。……彼の名前を尋ねたら、店と同じ名前だと。そして、スコッチベースの、とびきりうまいカクテルを作ってくれたんだ、と」

 何も言わずに、レイは、青年の顔をじっと見つめた。

「この店の名前も、あなたのお名前も『Lay』ですよね?」

 青年も、レイのことを見つめ返してきた。

 青年の顔からは、さっきまでの快活そうな笑みはすっかり消えていた。心の中の傷口が、まだ癒えずに生々しく血を流しているような、そんな顔をしていた。

 

「お願いです。……僕は、ずっとこの店を、あなたを、探していました」

「……お客様」

「僕にも、掛け違えたボタンがあるんです。それを掛け直す、チャンスをください」

「お客様、それは……」

「4年前の10月のことです。あるひとから訊かれた。『俺がいなくても、きみは大丈夫か』って。僕は虚勢を張って、大丈夫だ、と答えてしまった。翌日、彼がいなくなるなんて、思ってもみなかった」

 青年の強い瞳が、射抜くようにレイを見ていた。

「ほんとうは大丈夫なんかじゃなかった。全然、大丈夫なんかじゃなかった。彼がいなければ、彼がいなくなってしまったら、僕は、僕たちは……」

 

 青年の声は、最後は苦しげにかすれた。

 口調は、激昂した人のそれだったが、彼の顔は、ひどく傷ついたひとの表情を浮かべていた。

 

 

『お客様、よく聞いてください。……一度しか申し上げませんから』

 レイは、青年の国の言葉を選んで語りかけた。

 そのほうが、彼の心の深い場所まで、自分の声を届けられると思ったから。

 

『お客様には、掛け違えたボタンなんて、ありません。……彼が去ったのは、あなたの言葉によって、ではないんです。彼が出て行くことが、彼にとっても、あなたにとっても、最良の選択だったんです』

『どうして、あなたにそんなことが言えるんです? あのとき、僕が彼に、ちゃんと……』

『わかるからですよ、お客様。……私には、ただ、わかるんです』

 

 レイがそう告げると、みるみるうちに、青年の顔が泣き出す直前のようにゆがんでいった。顔を深くうつむかせ、両手で覆ってしまった。

 

 レイの視線から逃れるように。

 ——あるいは、不本意に浮かべてしまった涙を、見せないように。

 

 手つかずになってしまったカクテルグラスが、カウンターの上で、透明な雫をまとわりつかせていた。

 

『彼は……』

 しばらく続いた沈黙のあと、顔を手で覆ったまま、青年は、声を絞り出すようにして母国語で言った。

『彼は、あなたと同じ国のひとでした。……僕が中国語を少しだけ話せるのは、彼のおかげ』

『そうでしたか』

 レイが相槌を打つと、青年は低く笑った。

『少ししか中国語を話せないのも、彼のせい』

『……どういう意味ですか?』

『彼の韓国語のほうが、僕の中国語なんかより、ずっとずっとうまかった。……だから僕たちは、いつだって、韓国語で話してたから』

 

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「ああ……せっかくのカクテルが」

 顔をあげた青年は、苦く笑うと、雫のついたグラスを手に取った。

「すっかりぬるくなってしまったな」

 青年が、話す言葉を英語に切り替えたことに、一拍遅れて、レイはようやく気づいた。

「作り直しましょうか?」

「いえ、大丈夫です。これをいただきますよ」

 かすかに笑って、彼はグラスに唇をつけた。

 

「……フレーバーもいいけど、これは、ベースになってるスコッチが、しみじみと美味いんですね……」

 ひとりごとのような言葉を口にして、青年は笑みを浮かべた。

 彼が微笑むとき、細められたその目は、三日月のようなかたちになることを、レイは静かな瞳で見ていた。

 

(2019.06.08)

 

★今日のおすすめ過去記事は……こちら!

今日の記事の、前編にあたるお話になっています♪

 

★ファンフィクションの数が増えてきたので、独立した目次を作りました♡

短いお話ばかりなので、よろしければ、のぞいてやってくださいね♪

 

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(北の大地、今日、めっちゃ寒いです…)

(実はこのお話、昨年の11月の終わりぐらいからずーっと書きたかったんです。……ようやく形にできて、嬉しいです♡ )

(「青年」が「掛け違えたボタン」の相手として語っている彼は、ある元メンバーを強く想定して書いているんですが……おわかりいただけると嬉しいのですが……)